やまのうえのおくら
660年 - 733年
奈良時代初期の貴族・歌人。遣唐使として唐に渡り、帰国後は筑前守などを歴任。
42歳で遣唐少録として唐に渡り、最新の知識を持ち帰りました。筑前守として大宰府に赴任した際には、大伴旅人と交流し「筑紫歌壇」を形成しました。
儒教や仏教の影響を受けた思想的な歌が多く、貧困、老い、病、死、家族愛など、人生の苦悩や現実を直視した独自の歌風を持っています。「社会派歌人」とも呼ばれます。
銀も金も玉も何せむに勝れる宝子に及かめやも
しろがねも くがねもたまも なにせむに まさるたから こにおしかめやも
訳:銀も金も宝石もどうして優れた宝である子供に及ぶだろうか(いや、及ばない)。
憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむ
おくららは いまはまからむ こなくらむ それそのははも われをまつらむ
訳:私、憶良はもうおいとましましょう。家では子供が泣いているでしょうし、その母(私の妻)も私を待っているでしょうから。
貧しさに耐え忍びつつ暮らしつつ思ふことはただ君を思ふ
まずしさに たえしのびつつ くらしつつ おもうことは ただきみをおもう
訳:貧しさに耐えながら暮らしているが、私が思うのはただあなたのことだけだ。